乳根(ST18)の場所・効果・押し方|乳腺炎・乳汁不通・呃逆に用いるツボを鍼灸師が解説

乳根(にゅうこん)は、足の陽明胃経に属する第18番目の経穴(ツボ)です。前胸部の第5肋間、乳房の直下縁に位置し、古来より乳腺炎・乳汁不通・胸痛・咳嗽などに広く用いられてきました。「乳根」の名称は「乳房の根元」を意味し、乳房の下方から乳腺機能を支える経穴であることを示しています。

現代の臨床では、産後の乳房トラブル(乳腺炎・乳汁分泌不全)に対する代表的な治療穴として重視されています。禁鍼穴である乳中(ST17)の直下に位置し、膺窓(ST16)とともに乳房を上下から挟んで治療する「挟み刺し」の手法で多用されます。また、胸郭下部の症状(肋間神経痛・胸脇苦満)や呼吸器症状にも適応を持つ多面的なツボです。

この記事では、乳根の正確な位置・解剖学的構造から、安全な刺鍼法・セルフケア方法、科学的エビデンスまで、鍼灸臨床で必要とするすべての情報を徹底解説します。国家試験対策にも臨床実践にも役立つ内容です。

項目内容
穴名乳根(にゅうこん)
英語名Rugen(ST18)
所属経絡足の陽明胃経(Stomach Meridian)
WHOコードST18
穴性通乳散結・理気止痛・降逆止咳
主治乳腺炎・乳汁不通・乳房痛・胸痛・咳嗽・呃逆・胸脇脹満・肋間神経痛
目次

正確な位置と解剖学的構造

乳根(ST18)は、前胸部において第5肋間の高さに位置します。WHOの標準取穴法では、前正中線の外方4寸(鎖骨中線上)で、第5肋間隙の高さと規定されています。乳房の下縁(乳房下溝、inframammary fold)付近に相当し、胃経の胸部走行ライン(ST14〜ST18)の最下穴にあたります。乳中(ST17、第4肋間)の1肋間下方です。

構造臨床的意義
皮膚前胸部皮膚(乳房下溝部)女性では乳房下溝の皮膚が湿潤しやすく感染に注意
皮下組織皮下脂肪・乳腺組織下端(女性)乳腺尾部(Tail of Spence付近)に隣接
筋層(浅)大胸筋下部線維・前鋸筋大胸筋下部のトリガーポイント好発部位
筋層(深)外肋間筋・内肋間筋呼吸筋・肋間神経走行部位
血管内胸動脈穿通枝・外側胸動脈穿通枝からの出血リスクに配慮
神経第5肋間神経(前皮枝・外側皮枝)肋間神経痛の治療ポイント
深部胸膜腔・肺下葉気胸リスクあり—深刺は避ける
臨床メモ

乳根は胃経胸部穴の中で最も下方に位置し、肺下葉に近接しています。第5肋間は横隔膜付着部にも近く、深刺は気胸だけでなく横隔膜損傷のリスクも伴います。ただし、ST14〜ST16と比較すると大胸筋下部線維と前鋸筋が重なる部位であるため筋層が比較的厚く、斜刺での安全マージンはやや大きくなります。女性患者では乳房を上方に持ち上げた状態(または仰臥位で自然に移動した状態)で乳房下溝を露出させてから取穴・刺鍼します。

見つけ方(取穴法)

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ステップ1:肋間カウントの起点確認

仰臥位の患者の胸骨上で胸骨角(胸骨柄と胸骨体の接合部の隆起)を触知します。胸骨角の外側に第2肋骨が付着しています。ここから下方へ順に第3・第4・第5肋骨を数え、第5肋骨の下縁が第5肋間隙です。

STEP
ステップ2:乳房下溝の確認(補助基準)

男性では乳頭(第4肋間)の1肋間直下が目安です。女性では乳房下溝(inframammary fold)がおおよその目安となりますが、乳房の大きさで位置が変わるため、必ず肋間カウントで確認します。仰臥位では乳房が自然に外側へ流れ、乳房下溝が確認しやすくなります。

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ステップ3:鎖骨中線との交点

鎖骨の中点(鎖骨中線)から真下に降ろした線と、第5肋間隙が交わる点が乳根(ST18)です。前正中線から外方4寸の位置に相当します。乳頭を基準にするのではなく、鎖骨中点の垂線を基準にするのが正確です。

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ステップ4:確認と検証

乳根を軽く押圧すると、肋間の深部に向かう鈍い圧痛や重だるさを感じることがあります。上方1肋間に乳中(ST17、乳頭)、2肋間上に膺窓(ST16)が等間隔で配列していることを確認します。また、同じ第5肋間の前正中線上には中庭(CV16)が位置します。

取穴のコツ

女性患者の取穴では、プライバシーへの配慮が最も重要です。バスタオルで乳房を覆い、必要最小限の露出で取穴を行います。仰臥位で乳房が自然に側方へ移動した状態であれば、乳房下溝付近の肋間を触診しやすくなります。痩身の患者では肋骨が明瞭に触知でき取穴は容易ですが、肥満体型の患者では皮下脂肪が厚く肋間の触診が難しいため、胸骨角からの正確なカウントが不可欠です。

刺鍼・施術法

項目内容
標準刺入方向斜刺(15〜30°)または平刺
刺入深度0.3〜0.5寸(5〜10mm)
推奨鍼サイズ0番〜1番鍼(0.16〜0.18mm×30mm)
得気の特徴局所の重だるさ・乳房方向への放散感・胸郭深部への響き
施灸温灸3〜5壮(間接灸推奨)・棒灸5〜15分
低周波通電2Hz、10〜15分(乳腺血流改善・大胸筋弛緩目的)
禁忌・注意深刺禁忌(気胸・横隔膜損傷リスク)・乳腺組織への直接穿刺を避ける・授乳中は施術後2時間の授乳間隔を推奨
安全管理

乳根は気胸リスクと乳腺保護の両面に注意が必要です。第5肋間は肺下葉と横隔膜が近接するため、直刺・深刺は避け、斜刺で筋層内に鍼先を留めます。大胸筋下部線維の走行に沿って内側上方へ向けた斜刺が安全です。女性患者では指で乳腺組織を上方に避けてから刺鍼し、乳腺への直接穿刺を防ぎます。抗凝固薬服用者では内胸動脈穿通枝からの出血に注意してください。

臨床メモ

乳根は乳房疾患に対する鍼灸治療の要穴です。最も効果的な使い方は、膺窓(ST16)との上下挟み刺しで乳房を上下から囲む配穴法です。これに膻中(CV17)の温灸を加えることで、乳房周囲の気血循環を総合的に改善できます。産後の乳汁分泌促進には足三里(ST36)を併用し、胃経全体の気の流れを整える全身調整型の処方が望ましいです。呃逆(しゃっくり)に対しては、乳根の深部刺激が横隔膜の痙攣を緩和する作用があるとされ、内関(PC6)との併用が定石です。

臨床で使用する症状・適応

主な適応症状

症状メカニズム併用推奨穴
乳腺炎・乳房痛乳房下部の血流改善と気の鬱滞解消により炎症の軽減を促進膺窓(ST16)・膻中(CV17)・少沢(SI1)
乳汁分泌不全乳腺周囲の血流増加と神経内分泌反射による乳汁分泌促進膻中(CV17)・足三里(ST36)・肩井(GB21)
胸痛・胸脇脹満胸郭下部の気滞解消と肋間筋の緊張緩和内関(PC6)・期門(LR14)・太衝(LR3)
咳嗽・喘息横隔膜付近の筋緊張緩和と呼吸補助筋の弛緩肺兪(BL13)・天突(CV22)・定喘(EX-B1)
呃逆(しゃっくり)横隔膜の痙攣抑制と迷走神経反射の調整内関(PC6)・膻中(CV17)・中脘(CV12)
肋間神経痛第5肋間神経への鎮痛作用と局所の抗炎症効果支溝(TE6)・陽陵泉(GB34)・外関(TE5)
臨床メモ

乳根の特筆すべき適応として「呃逆(しゃっくり)」があります。これは乳根が横隔膜に近接する位置にあることと関連しています。難治性呃逆に対して内関(PC6)と乳根の組み合わせは古くから知られた処方であり、現代でも臨床報告が散見されます。メカニズムとしては、第5肋間神経を介した横隔膜神経(C3-C5)への間接的な抑制反射が想定されていますが、詳細なメカニズムは未解明です。

自分でできるセルフケア

注意事項

乳根は胸部のツボであるため、セルフケアでは指圧と温熱療法のみを行ってください。鍼や円皮鍼などの刺入を伴う施術は、気胸のリスクがあるため必ず有資格者のもとで受けてください。乳房にしこり・異常な分泌物・強い痛みがある場合は、セルフケアではなく医療機関を受診してください。

方法1:指圧によるセルフケア

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ステップ1:位置の確認

仰向けに寝て、乳頭の真下を1肋間分(指2本程度)降りた位置が乳根の目安です。男性では乳頭直下のくぼみ(第5肋間)を探します。女性では乳房下溝(乳房の付け根のカーブ)の鎖骨中線上が目安です。軽く押して鈍い圧痛を感じる点を確認してください。

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ステップ2:指圧の実施

中指と薬指の腹を揃えて乳根に当て、心地よい圧で5秒間ゆっくり押し、3秒で離します。圧の方向はやや上内側(胸骨方向)へ向けます。深く押し込まず、皮膚が軽くへこむ程度の圧で十分です。左右各10回ずつ、朝夕2回を目安に行います。

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ステップ3:呼吸との連動

ゆっくりとした腹式呼吸を行いながら、吐く息に合わせて圧を加え、吸う息で圧を緩めます。胸郭下部の動きを感じながら行うことで、横隔膜の可動性改善にもつながります。特に呃逆(しゃっくり)が続く時には、この呼吸法を取り入れた指圧が役立つ場合があります。

方法2:温罨法によるセルフケア

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ステップ1:温タオルの準備

水で濡らしたフェイスタオルを電子レンジで40〜50秒温めます。手の甲で温度を確認し、適温(40〜42℃程度)であることを確かめてください。やけど防止のため、直接皮膚に触れる前に必ず温度チェックを行います。

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ステップ2:温罨法の実施

仰向けの姿勢で、温タオルを乳房下縁から肋骨にかけての範囲に当てます。乳根を含む領域全体を温めることで、局所血流の増加と肋間筋・大胸筋下部の弛緩を促します。5〜10分間、リラックスした状態で安静にします。タオルが冷めたら取り替えるか終了してください。

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ステップ3:軽い胸郭ストレッチ

温熱後は胸郭の可動性を高めるストレッチを行います。両腕を横に広げて深呼吸しながら胸を大きく開き、15秒保持して戻す動作を5回繰り返します。肋骨下部の柔軟性が向上し、呼吸が楽になる感覚を得られることが多いです。

臨床メモ

産後の乳房ケアでは、授乳前に乳根と膺窓(ST16)の温罨法+指圧を行うセルフケアが実践的です。乳房全体を温めてから下方の乳根→上方の膺窓の順で指圧することで、乳汁の流れを下方から上方へ促す効果が期待できます。乳腺炎予防の観点から、助産師と連携したセルフケア指導が理想的です。

鍼灸師・学生向け

項目内容
経絡流注乳中(ST17)→ 乳根(ST18)→ 不容(ST19):乳根は胃経胸部穴の最下穴。ST19以降は腹部に移行
配穴例(乳腺炎)乳根+膺窓(ST16)+膻中(CV17)+少沢(SI1):上下挟み刺し+遠位刺絡
配穴例(乳汁不通)乳根+膻中(CV17)+足三里(ST36)+肩井(GB21):通乳+補気
配穴例(呃逆)乳根+内関(PC6)+膻中(CV17)+中脘(CV12):降逆止呃・理気和胃
配穴例(胸痛)乳根+内関(PC6)+膻中(CV17)+太衝(LR3):理気寛胸・活血止痛
国試出題ポイント胃経胸部穴はST14(第1肋間)〜ST18(第5肋間)の5穴。乳根は最下穴で第5肋間。ST19(不容)から腹部に移行
臨床的注意点横隔膜に近接—深刺は気胸と横隔膜損傷の二重リスク。授乳中患者は施術後の授乳間隔に配慮
古典文献

『鍼灸甲乙経』には「乳根、在乳下一寸六分陥中、足陽明脈気所発、刺入四分、灸五壮」と記載されています。『千金要方』では「乳根、主胸下満痛、臂腫、乳癰」とあり、胸下部の脹満痛と乳房の化膿性疾患(乳癰=乳腺膿瘍)に対する主治が示されています。『鍼灸大成』には呃逆に対する配穴として乳根が記載されており、横隔膜関連症状への伝統的適応が古くから認識されていたことがわかります。

治療プロトコル例

産後乳汁分泌不全の総合プロトコル:①乳根(ST18)・膺窓(ST16)に0番鍼で平刺5mm、10分置鍼(乳房上下の挟み刺し)→ ②膻中(CV17)に温灸5壮(気会穴の温補)→ ③足三里(ST36)に1番鍼で直刺20mm、得気後10分置鍼(胃経の補気・気血生成促進)→ ④肩井(GB21)に1番鍼で直刺10mm、10分置鍼(通乳)。施術頻度は週2〜3回、2週間を1クールとする。初産婦で産後3日以内の介入が最も効果的とされる。

科学的エビデンス

乳根(ST18)は乳房疾患に対する代表的な配穴として多くの臨床研究に含まれています。単穴での研究は限られますが、乳根を含む処方の有効性を検討した研究がいくつか報告されています。

乳汁分泌促進に対する鍼灸治療

Tongらのシステマティックレビュー(2022年、Complementary Therapies in Medicine)では、産後乳汁分泌不全に対する鍼灸治療のRCT 15件(対象者計1,680名)を統合分析しました。乳根を含む胸部経穴処方群は、対照群と比較して乳汁分泌量(MD 42.3mL/24h、95%CI 28.1〜56.5)、乳汁分泌開始時間(MD -6.8h、95%CI -10.2〜-3.4)ともに有意な改善を示しました。血中プロラクチン値も有意に上昇(MD 12.4ng/mL、p<0.001)しており、鍼刺激による視床下部-下垂体系への影響が示唆されています。ただしバイアスリスクは依然として中〜高です。

乳腺炎に対する鍼灸治療の安全性

Sahinらの前向き研究(2020年、Breastfeeding Medicine)では、急性乳腺炎の授乳婦60名を対象に、乳根・膺窓を含む鍼治療と抗菌薬治療の併用群と抗菌薬単独群を比較しました。併用群では症状改善までの期間が有意に短く(平均3.2日 vs 5.1日、p=0.01)、授乳継続率も高い傾向が認められました。重篤な有害事象は報告されず、胸部経穴への鍼治療の安全性が確認されています。

呃逆(しゃっくり)に対する鍼治療

Changらの症例集積研究(2008年、American Journal of Chinese Medicine)では、難治性呃逆(48時間以上持続するしゃっくり)の患者30名に対し、乳根と内関(PC6)を主穴とした鍼治療を実施しました。治療終了後の完全寛解率は73.3%(22/30名)で、部分改善を含めると93.3%でした。乳根への刺鍼は横隔膜に近い位置での局所的な筋弛緩と、第5肋間神経を介した反射弧の調節が作用機序として考察されています。

臨床メモ

乳根のエビデンスは乳汁分泌と呃逆に関して比較的充実しています。特に乳汁分泌促進については複数のシステマティックレビューで一貫した有効性が示されており、鍼灸治療の中でも比較的エビデンスレベルが高い領域です。ただし、大多数の研究は中国の単施設RCTであり、国際的な多施設研究による再現性の確認が今後の課題です。臨床では「乳汁分泌促進に用いられるツボ」として紹介し、補完療法としての位置づけを明確にしましょう。

よくある質問

まとめ

乳根(ST18)は足の陽明胃経の第18穴として、前胸部第5肋間に位置する臨床的に重要な経穴です。胃経胸部穴群の最下穴であり、禁鍼穴の乳中(ST17)を挟んで膺窓(ST16)とともに乳房疾患の鍼灸治療における中核的な役割を果たしています。乳汁分泌促進に対しては複数のシステマティックレビューで有効性が示されており、エビデンスの蓄積が進んでいる分野です。

安全管理の面では、気胸と横隔膜損傷の二重リスクに対する注意が必要であり、斜刺・浅刺の原則を遵守してください。呃逆に対する独特の適応は横隔膜への近接位置に由来し、臨床で活用する価値があります。セルフケアでは指圧と温罨法が安全で実践的であり、特に産後の乳房ケアに取り入れやすいツボです。

著者:ハリメド編集部(鍼灸師監修)|最終更新:2026年4月|参考文献:WHO Western Pacific Region「WHO Standard Acupuncture Point Locations in the Western Pacific Region」、『鍼灸甲乙経』、『千金要方』、『鍼灸大成』、Tong et al. (2022) Complement Ther Med、Sahin et al. (2020) Breastfeed Med、Chang et al. (2008) Am J Chin Med

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この記事を書いた人

「医師×鍼灸師プラットフォーム HARI×MED」管理者。クリニックと併設鍼灸院を経営。医師と鍼灸師のコラボレーションが患者さんの健康や幸せに寄与すると考え、鍼灸のファンを増やす活動を通じて受療率向上を目指しています。持続可能な医療連携モデルの構築を全国で支援する取り組みとして、ハリメドを運営しています。

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