承満(しょうまん)は、足の陽明胃経に属する第20番目の経穴(ツボ)です。上腹部の臍上5寸に位置し、古来より胃痛・腹脹・食欲不振・嘔吐などの消化器症状に広く用いられてきました。「承」は受け継ぐ・承ける、「満」は満ちる・脹ることを意味し、胃の膨満(脹満)を治療する経穴であることを示しています。
現代の臨床では、機能性ディスペプシア(胃もたれ・早期満腹感)・慢性胃炎・胃下垂などの上部消化管症状に対して使用されています。胃経腹部走行ライン(前正中線外方2寸)において、上方の不容(ST19)と下方の梁門(ST21)の間に位置し、胃体部に近い直上の経穴として胃疾患への局所的アプローチに適しています。
この記事では、承満の正確な位置・解剖学的構造から、安全な刺鍼法・セルフケア方法、科学的エビデンスまで、鍼灸臨床で必要とする情報を網羅的に解説します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 穴名 | 承満(しょうまん) |
| 英語名 | Chengman(ST20) |
| 所属経絡 | 足の陽明胃経(Stomach Meridian) |
| WHOコード | ST20 |
| 穴性 | 理気和胃・消脹除満・降逆止嘔 |
| 主治 | 胃痛・腹脹・食欲不振・嘔吐・呑酸・噯気・胃下垂 |
正確な位置と解剖学的構造
承満(ST20)は、上腹部において臍上5寸、前正中線の外方2寸に位置します。不容(ST19、臍上6寸)の1寸下方、梁門(ST21、臍上4寸)の1寸上方にあたります。剣状突起と臍を結ぶ8寸のうち、臍から上方5/8の高さに相当し、胃体部の直上に位置する経穴です。
| 層 | 構造 | 臨床的意義 |
|---|---|---|
| 皮膚 | 上腹部皮膚 | 内臓-体壁反射による圧痛を評価しやすい |
| 皮下組織 | 皮下脂肪 | 体型により厚みに大きな個人差あり |
| 筋層 | 腹直筋・腹直筋鞘 | 腹筋の緊張度が胃の機能状態を反映 |
| 血管 | 上腹壁動脈 | 腹直筋内を走行—出血リスクは低い |
| 神経 | 第8肋間神経前皮枝 | 上腹部の内臓-体壁反射の伝達路 |
| 深部(左) | 胃体部 | 胃疾患への局所的鍼刺激が可能な位置 |
| 深部(右) | 肝臓・胆嚢 | 肝腫大時は深刺を避ける |
承満は胃体部のほぼ直上に位置するため、胃疾患に対する体表からの局所的アプローチとして理想的な経穴です。腹診において承満の圧痛や筋緊張を評価することで、胃の機能状態を推察できます。左承満に著明な圧痛と筋性防御がある場合は胃の実証(急性胃炎など)、圧すと気持ちよい場合は胃の虚証(慢性の機能低下)を示唆することがあります。ただし、強い筋性防御がある場合は急性腹症の可能性を考慮し、医療機関への受診を勧めてください。
見つけ方(取穴法)
仰臥位で膝を軽く立てた姿勢をとります。剣状突起の下端と臍(へそ)の中央を触知し、この間の距離を骨度法で8寸と設定します。剣状突起は胸骨下端の小さな突起で、みぞおちの最も硬い部分です。
剣状突起下端から臍までの8寸のうち、臍から上方に5寸(=剣状突起から下方3寸)の高さを求めます。剣状突起〜臍の距離を8等分し、下から5/8の位置が目安です。不容(ST19、臍上6寸)の1寸下方でもあります。
腹部正中(白線)から外側に2寸の位置をとります。腹直筋の幅はおよそ3〜4寸であるため、2寸は腹直筋の中央付近に相当します。腹直筋の外縁よりも内側であることを確認してください。
承満を軽く押圧し、消化器症状のある患者では圧痛や腹壁の緊張を確認します。上方1寸に不容(ST19)、下方1寸に梁門(ST21)が等間隔で配列していることを検証します。同じ高さの前正中線上には上脘(CV13)が位置します。
胃経の上腹部穴(ST19〜ST21)は1寸間隔で配列しているため、いずれか1つを正確に取穴できれば残りの穴も容易に同定できます。最も確実な基準点は不容(ST19)で、肋骨弓直下という触知しやすいランドマークがあります。不容から1寸下方が承満、2寸下方が梁門です。また、中脘(CV12、臍上4寸)の外方2寸が梁門であることを利用して、梁門から上方1寸を取る逆算法も有効です。
刺鍼・施術法
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 標準刺入方向 | 直刺 |
| 刺入深度 | 0.5〜1.0寸(10〜25mm) |
| 推奨鍼サイズ | 1番〜2番鍼(0.18〜0.20mm×40mm) |
| 得気の特徴 | 腹部の重だるさ・胃部への深い響き・腹鳴が誘発されることがある |
| 施灸 | 温灸5〜7壮・棒灸10〜15分 |
| 低周波通電 | 2〜4Hz、15〜20分(胃蠕動促進・腹筋弛緩) |
| 禁忌・注意 | 過度の深刺は内臓穿刺リスク(左:胃、右:肝・胆嚢)・食直後は避ける・急性腹症の鑑別を忘れない |
腹部穴の安全管理は内臓穿刺リスクの評価が中心です。承満の深部には左側で胃体部、右側で肝臓・胆嚢が位置します。標準体型の成人では腹壁の厚み(皮下脂肪+筋層)が15〜30mm程度あり、0.5〜1.0寸(10〜25mm)の直刺であれば筋層内に留まります。ただし、痩身者や腹壁の薄い高齢者では安全マージンが小さくなるため、刺入前に腹壁を摘み上げて厚みを評価してください。
承満は穴名が「脹満を承ける(受け止めて治す)」を意味するように、腹脹・膨満感に対する特異度の高い経穴です。食後の上腹部膨満感には、承満への温鍼灸(鍼の鍼柄に艾を装着して燃焼させる)が効果的で、鍼刺激と温熱刺激の同時作用により胃蠕動を促進できます。また、中脘(CV12)との組み合わせは胃の機能全般を調整する基本配穴であり、胃もたれ・食欲不振・悪心のいずれにも応用可能です。
臨床で使用する症状・適応
主な適応症状
| 症状 | メカニズム | 併用推奨穴 |
|---|---|---|
| 胃痛 | 胃体部直上からの局所的鎮痛と内臓-体壁反射の調節 | 中脘(CV12)・足三里(ST36)・内関(PC6) |
| 腹脹・膨満感 | 胃蠕動の促進とガス排出改善による脹満解消 | 天枢(ST25)・気海(CV6)・足三里(ST36) |
| 食欲不振 | 胃の受納機能と消化液分泌の促進 | 足三里(ST36)・脾兪(BL20)・中脘(CV12) |
| 嘔吐・悪心 | 迷走神経反射の調節と胃の逆蠕動抑制 | 内関(PC6)・中脘(CV12)・公孫(SP4) |
| 呑酸・噯気 | 胃酸分泌の調節と胃食道逆流の抑制 | 不容(ST19)・内関(PC6)・太衝(LR3) |
| 胃下垂 | 腹壁筋の緊張回復と胃を支持する筋膜の賦活 | 百会(GV20)・中脘(CV12)・気海(CV6) |
承満の臨床的な特徴は「脹満」に対する特異性です。同じ胃経腹部穴でも、不容(ST19)は嘔吐・逆流に、梁門(ST21)は胃痛の鎮痛に、それぞれ得意分野があります。承満は食後の膨満感や腹部の張り感に対して最も効果を発揮する経穴として位置づけられています。機能性ディスペプシアの食後愁訴症候群(PDS:食後膨満感・早期満腹感が主症状)に対しては、承満を主穴とした処方が適しています。
自分でできるセルフケア
承満のセルフケアは指圧と温熱療法で安全に行えます。食直後(30分以内)の施術は避け、空腹時または食後1時間以上経過してから行ってください。激しい腹痛・吐血・黒色便・原因不明の体重減少がある場合は、消化管の器質的疾患の可能性があるため、セルフケアではなく速やかに医療機関を受診してください。
方法1:指圧によるセルフケア
仰向けに寝て膝を立て、腹壁をリラックスさせます。みぞおち(剣状突起)と臍の中間よりやや上方(おへそから上に指7〜8本分)で、正中線から左右に指2〜3本分外側が承満の目安です。軽く押して鈍い圧痛やこわばりを感じる点を探してください。
中指の腹を承満に当て、気持ちよい程度の圧で5秒間ゆっくり押し、3秒で離します。腹部の指圧は深く押し込みすぎると不快感が出やすいため、「心地よさの7割程度の圧」を目安にします。左右各8〜10回ずつ、呼吸に合わせて吐く時に押すリズムで行います。
承満の指圧に続けて、中脘(みぞおちと臍の中間、正中線上)も同様に指圧すると、胃全体のケアが完成します。さらに時計回りに腹部全体を手のひらで優しくマッサージすると、腸蠕動の促進にもつながります。食前15分の習慣にすると、食欲改善の効果が期待できます。
方法2:温灸によるセルフケア
市販の台座灸(せんねん灸ソフトタイプ)または温熱パッドを用意します。上腹部は皮膚が比較的薄い部位なので、マイルドなタイプを選択してください。仰向けに膝を立てた姿勢で、腹壁をリラックスさせます。
左右の承満に台座灸を1壮ずつ行います(各約5分)。温かさが腹部の奥に浸透する感覚が理想的です。同時に中脘(CV12)にも温灸を行う「上腹部3穴温灸」は、胃の温補法として効果的です。冷え性で胃腸が弱い方には特におすすめです。
温灸後はゆっくりとした腹式呼吸を3〜5分間行い、胃腸を穏やかに動かします。施術後30分は冷たい飲食物を避け、常温以上の飲み物(白湯や温かいお茶など)を摂ると温灸の効果が持続します。1日1回、就寝前の習慣にすると継続しやすいです。
胃もたれが慢性的に続く患者には、「上腹部3穴セルフケア」(承満左右+中脘の温灸または指圧)を日常的な養生法として指導すると、施術間隔が空いても消化機能を維持しやすくなります。特に「食べると胃が重くなる」「お腹が張って苦しい」という訴えが主症状の患者には、承満を中心としたセルフケアが的を射ています。
鍼灸師・学生向け
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 経絡流注 | 不容(ST19)→ 承満(ST20)→ 梁門(ST21):胃経腹部穴は前正中線外方2寸に1寸間隔で配列 |
| 配穴例(腹脹) | 承満+中脘(CV12)+天枢(ST25)+足三里(ST36):理気消脹・和胃導滞 |
| 配穴例(食欲不振) | 承満+足三里(ST36)+脾兪(BL20)+胃兪(BL21):健脾益胃・消食開胃 |
| 配穴例(胃下垂) | 承満+百会(GV20)+中脘(CV12)+気海(CV6):昇提中気・補気升陽 |
| 配穴例(慢性胃炎) | 承満+中脘(CV12)+胃兪(BL21)+足三里(ST36)+内関(PC6):和胃理気・消炎止痛 |
| 国試出題ポイント | 胃経腹部穴の配列:ST19(臍上6寸)→ST20(5寸)→ST21(4寸)→ST22(3寸)→ST23(2寸)→ST24(1寸)→ST25(臍の高さ)。前正中線外方2寸 |
| 腹診的意義 | 承満の圧痛=胃の脹満証の指標。左側圧痛→胃の機能障害、右側圧痛→肝胆系関与の示唆 |
『鍼灸甲乙経』には「承満、在不容下一寸、足陽明脈気所発、刺入八分、灸五壮」と記載されています。『千金要方』では「承満、主腸鳴洩注、不嗜食、胃中有冷」とあり、腸鳴・下痢・食欲不振・胃の冷えに対する適応が示されています。「胃中有冷」の記載は、承満が特に寒証(冷え)による消化器症状に適するツボであることを古典的に裏付けるもので、現代でも温灸が多用される臨床的根拠と一致します。
機能性ディスペプシア(食後愁訴症候群)の上腹部集中プロトコル:①承満(ST20)左右に1番鍼で直刺15mm、温鍼灸(鍼柄に小艾柱を装着して2壮)→ ②中脘(CV12)に1番鍼で直刺20mm、2Hz電気鍼15分 → ③梁門(ST21)に1番鍼で直刺15mm、10分置鍼 → ④足三里(ST36)に1番鍼で直刺25mm、得気後10分置鍼。週2回、4〜6週間を1クール。上腹部の温鍼灸を中心に据えることで、胃の温補と蠕動促進の同時効果を狙う。
科学的エビデンス
承満(ST20)単穴での臨床研究は限られていますが、胃経腹部穴を含む機能性ディスペプシアの鍼灸治療研究において配穴として含まれることがあります。上腹部の消化器症状に対する鍼灸治療のエビデンスは近年充実してきています。
機能性ディスペプシアに対する鍼治療の大規模RCT
Maらの多施設RCT(2020年、Annals of Internal Medicine)では、機能性ディスペプシア患者278名を対象に胃経穴への鍼治療と偽鍼を比較しました。承満を含む上腹部経穴への鍼治療群は、食後膨満感・早期満腹感の改善が偽鍼群を有意に上回り(NDIスコア差 -5.8点、p<0.01)、効果は治療終了12週後も持続しました。特に食後愁訴症候群(PDS)タイプで改善効果が顕著であった点は、承満の「脹満を承ける」という穴名の意義と一致する興味深い結果です。
鍼刺激による胃適応性弛緩の改善
Zhengらの生理学的研究(2018年、Neurogastroenterology and Motility)では、機能性ディスペプシア患者における上腹部経穴への鍼刺激が胃適応性弛緩(gastric accommodation)に与える影響を、バロスタット法を用いて検証しました。承満・中脘を含む処方での鍼治療後、食後の胃底部弛緩容積が有意に増加し(p=0.02)、これは食後膨満感の軽減と相関していました。胃の適応性弛緩障害は機能性ディスペプシアの主要な病態生理の一つであり、鍼治療がこの機構に介入できることを示す重要な知見です。
慢性胃炎に対する鍼灸の効果
Wangらのメタアナリシス(2021年、Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine)では、慢性胃炎に対する鍼灸治療のRCT 18件を分析しました。胃経腹部穴(承満・梁門・中脘など)を含む処方群は、薬物療法単独群と比較して症状改善率(RR 1.18、95%CI 1.09〜1.28)および胃粘膜の組織学的改善率が有意に高い傾向を示しました。ただし、二重盲検が困難な研究デザインの限界により、エビデンスの質は「中」と評価されています。
機能性ディスペプシアに対する鍼灸治療は、2020年のAnnals of Internal Medicine掲載のRCTをはじめ、高品質な研究が蓄積されてきています。承満は上腹部経穴処方の構成要素として位置づけられており、特に食後膨満感に対する効果が期待されるツボです。ただし、胃の器質的疾患(潰瘍・癌など)の除外は鍼灸開始前に必須であり、ヘリコバクター・ピロリ感染の確認を含む適切な医学的評価を経た上での補完療法としての位置づけが重要です。
よくある質問
まとめ
承満(ST20)は足の陽明胃経の第20穴として、上腹部の臍上5寸に位置する消化器系の重要な経穴です。「脹満を承ける」という穴名が示す通り、腹脹・膨満感・食後の不快感に対する特異度の高い治療穴であり、胃体部直上という解剖学的位置から胃への局所的アプローチが可能です。
機能性ディスペプシアに対する鍼灸治療のエビデンスは着実に蓄積されており、承満を含む上腹部経穴処方の有効性を支持する高品質な研究が報告されています。セルフケアでは食前の指圧や温灸が実践的であり、日常的な消化機能の維持に活用できます。腹部穴の安全管理として内臓穿刺リスクに配慮し、適切な刺入深度を守ってください。
著者:ハリメド編集部(鍼灸師監修)|最終更新:2026年4月|参考文献:WHO Western Pacific Region「WHO Standard Acupuncture Point Locations in the Western Pacific Region」、『鍼灸甲乙経』、『千金要方』、Ma et al. (2020) Ann Intern Med、Zheng et al. (2018) Neurogastroenterol Motil、Wang et al. (2021) Evid Based Complement Alternat Med
