不容(ふよう)は、足の陽明胃経に属する第19番目の経穴(ツボ)です。上腹部の肋骨弓直下に位置し、古来より胃痛・嘔吐・食欲不振・腹脹などの消化器症状に広く用いられてきました。「不容」の名称は「容れられない(食べ物を受け入れられない)」を意味し、胃の受納機能障害に対する治療穴であることを示しています。
現代の臨床では、急性・慢性胃炎・胃潰瘍・逆流性食道炎などの上部消化管疾患に加え、食欲不振や悪心・嘔吐にも使用されています。胃経が胸部(ST18)から腹部に移行する最初の経穴であり、肋骨弓直下という解剖学的特徴から、横隔膜や胃噴門部に近い位置での治療が可能な重要なツボです。
この記事では、不容の正確な位置・解剖学的構造から、安全な刺鍼法・セルフケア方法、科学的エビデンスまで、鍼灸臨床で必要とするすべての情報を徹底的に解説します。国家試験対策としても、日常臨床の参考としてもご活用ください。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 穴名 | 不容(ふよう) |
| 英語名 | Burong(ST19) |
| 所属経絡 | 足の陽明胃経(Stomach Meridian) |
| WHOコード | ST19 |
| 穴性 | 和胃降逆・理気止痛・消食導滞 |
| 主治 | 胃痛・嘔吐・食欲不振・腹脹・呃逆・胸脇苦満・噯気 |
正確な位置と解剖学的構造
不容(ST19)は、上腹部において臍上6寸、前正中線の外方2寸に位置します。これは肋骨弓の直下縁にあたり、剣状突起と臍を結ぶ線(8寸)の上方3/4の高さです。胃経の腹部走行ライン(前正中線外方2寸)の最上穴であり、胸部走行ライン(外方4寸)から腹部走行ラインへの移行点に位置します。
| 層 | 構造 | 臨床的意義 |
|---|---|---|
| 皮膚 | 上腹部皮膚 | 比較的薄く、内臓の圧痛が確認しやすい |
| 皮下組織 | 皮下脂肪(個人差大) | 肥満者では刺入深度の調整が必要 |
| 筋層 | 腹直筋・外腹斜筋 | 腹筋の緊張度が消化器症状の指標となる |
| 筋膜 | 腹直筋鞘前葉・後葉 | 鍼の抵抗感が変化する層 |
| 血管 | 上腹壁動脈・肋間動脈分枝 | 出血リスクに注意 |
| 神経 | 第7肋間神経前皮枝 | 上腹部の知覚支配・内臓-体壁反射の伝達経路 |
| 深部 | 左側:胃(噴門部付近)/右側:肝臓左葉 | 内臓穿刺リスク—過度の深刺は避ける |
不容は肋骨弓直下に位置するため、胸部穴のような気胸リスクは低下しますが、代わりに内臓穿刺のリスクに注意が必要です。左側の不容の深部には胃の噴門部が位置し、右側では肝臓左葉が近接します。肋骨弓の角度には個人差があるため、刺鍼前に肋骨弓の下縁を触診で確認し、鍼先が肋骨弓の下方に向かうよう角度を調整してください。腹部の経穴は胸部穴と比較して安全マージンが大きいですが、痩身者や腹壁の薄い患者では深刺に注意が必要です。
見つけ方(取穴法)
仰臥位の患者の上腹部を触診します。まず臍(へそ)の位置を確認し、次に胸骨下端の剣状突起を触知します。剣状突起の下端と臍の間の距離が骨度法で8寸です。
剣状突起下端から臍まで8寸のうち、臍から上方6寸(=剣状突起から下方2寸)の高さを求めます。これは肋骨弓(第7〜第10肋骨の下縁が作る弧)の直下に相当します。指で肋骨弓の下縁をたどると、この高さを確認しやすくなります。
前正中線(腹部正中の白線)から外側に2寸の位置をとります。2寸は腹直筋の外縁付近に相当します。腹直筋の外縁を触診し、その付近で肋骨弓直下の凹みを探すと不容の位置が確定します。
不容を軽く押圧すると、消化器症状のある患者では明確な圧痛やこわばりを感じることが多いです。特に胃痛や食後の膨満感がある場合、左不容に著明な圧痛が現れます。下方に承満(ST20、臍上5寸)が等間隔で配列していることも確認してください。
不容は肋骨弓直下という特徴的な位置にあるため、肋骨弓の下縁を触診するのが最も確実な取穴法です。仰臥位で膝を立てて腹壁の緊張を緩めた状態で行うと、肋骨弓と腹壁の境界が明瞭になります。肥満体型の患者では皮下脂肪で肋骨弓が触知しにくいことがありますが、深呼吸を指示し、吸気時に肋骨弓が挙上するのを利用して位置を同定できます。
刺鍼・施術法
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 標準刺入方向 | 直刺または斜刺(やや内下方へ) |
| 刺入深度 | 0.5〜0.8寸(10〜20mm) |
| 推奨鍼サイズ | 1番〜2番鍼(0.18〜0.20mm×40mm) |
| 得気の特徴 | 局所の重だるさ・胃部への放散感・腹部の温かさ |
| 施灸 | 温灸5〜7壮・棒灸10〜15分 |
| 低周波通電 | 2〜4Hz、15〜20分(胃蠕動促進目的) |
| 禁忌・注意 | 過度の深刺は内臓穿刺リスク(左:胃、右:肝)・食直後の強い刺激は避ける・肝腫大患者は右側の刺入深度に特に注意 |
腹部経穴に共通する内臓穿刺リスクに注意してください。不容は肋骨弓直下に位置し、左側では胃の噴門部、右側では肝臓左葉に近接します。特に肝腫大の患者(肝硬変・肝癌など)では肝臓が肋骨弓より下方に突出している可能性があり、右側の深刺は危険です。腹壁の厚みを触診で評価し、筋層内に鍼先を留める深度で施術してください。食直後の施術は胃の膨張により穿刺リスクが高まるため避けましょう。
不容は上腹部消化器症状に対する局所穴として非常に有用です。特に心窩部痛(みぞおちの痛み)や食後膨満感に対して、不容への鍼灸と中脘(CV12)・足三里(ST36)の配穴が標準的処方です。逆流性食道炎の患者では、不容の温灸が噴門部付近の血流改善と括約筋機能の調整に寄与すると考えられています。嘔吐に対しては内関(PC6)との併用が降逆止嘔の定石であり、特につわりの患者に臨床で多用されます。
臨床で使用する症状・適応
主な適応症状
| 症状 | メカニズム | 併用推奨穴 |
|---|---|---|
| 胃痛(心窩部痛) | 胃噴門部付近の血流改善と内臓-体壁反射を介した鎮痛 | 中脘(CV12)・足三里(ST36)・内関(PC6) |
| 嘔吐・悪心 | 迷走神経反射の調節と胃の逆蠕動抑制 | 内関(PC6)・中脘(CV12)・公孫(SP4) |
| 食欲不振 | 胃の受納機能の活性化と消化液分泌の促進 | 足三里(ST36)・脾兪(BL20)・胃兪(BL21) |
| 腹脹・膨満感 | 胃腸の蠕動運動促進とガス排出の改善 | 天枢(ST25)・気海(CV6)・大横(SP15) |
| 逆流性食道炎 | 噴門部括約筋機能の調整と胃酸逆流の抑制 | 中脘(CV12)・内関(PC6)・太衝(LR3) |
| 胸脇苦満 | 肋骨弓周囲の筋緊張緩和と肝気鬱結の解消 | 期門(LR14)・太衝(LR3)・陽陵泉(GB34) |
不容の名称「容れられない」は胃の受納障害を象徴しており、食べ物が入らない(食欲不振)、入れると戻す(嘔吐)、入れると張る(腹脹)といった症状すべてに対応する穴名由来の治療穴です。臨床では、まず不容の圧痛を診察し、左側に強い圧痛があれば胃の機能障害、右側の圧痛が著しければ肝胆系の関与を疑うという腹診的な診断にも活用できます。ただし、激しい上腹部痛や吐血がある場合は消化管穿孔や出血の可能性があるため、鍼灸施術に先立って医療機関への受診を勧めてください。
自分でできるセルフケア
不容のセルフケアでは指圧と温熱療法が安全に行えます。ただし、食直後(30分以内)の強い圧迫は胃への負担となるため避けてください。また、激しい胃痛・吐血・黒色便・体重減少など重篤な消化器症状がある場合は、セルフケアではなく速やかに医療機関を受診してください。
方法1:指圧によるセルフケア
仰向けに寝て膝を軽く立て、腹壁をリラックスさせます。みぞおち(剣状突起)と臍(へそ)の間の上方1/4の高さ(肋骨弓の直下)で、おへそから左右に指3本分外側の位置が不容の目安です。肋骨弓の下縁を指でたどり、そのすぐ下の柔らかい部分を探してください。
中指と人差し指の腹を不容に当て、心地よい程度の圧で3〜5秒間ゆっくり押し、2〜3秒で離します。圧の方向はやや内下方(臍の方向)へ向けます。深く押し込みすぎないように注意し、「気持ちよいけど痛くない」程度の圧を維持します。左右各8〜10回ずつ行います。
食事の15〜20分前に行うのが最も効果的です。胃の受納機能を整え、食欲を促す作用が期待できます。食後に膨満感がある場合は、食後1時間以上経過してから軽い圧で行います。1日1〜2回を目安に継続してください。
方法2:温灸によるセルフケア
市販の台座灸(せんねん灸ソフトタイプなど)を用意します。不容は上腹部の皮膚が比較的薄い部位なので、マイルドなタイプを選択してください。仰向けに寝て膝を立て、腹壁をリラックスした状態にします。
不容の位置に台座灸を貼付し、火をつけます。心地よい温かさが腹部の奥に広がる感覚が理想的です。1回につき1〜2壮(各約5分)。熱さを感じたらすぐに外してください。左右両方の不容に行うのが基本ですが、症状の強い側のみでも構いません。
温灸後は上腹部が温まった状態でゆっくりとした腹式呼吸を5分間行います。吸気時にお腹を膨らませ、呼気時にゆっくり凹ませる呼吸法は、横隔膜の動きを通じて胃への穏やかなマッサージ効果をもたらします。冷たい飲食は温灸の効果を相殺するため、施術後30分は常温以上の飲み物を摂るようにしてください。
食欲不振や胃もたれが続く患者には、不容の温灸セルフケアと中脘(CV12、臍上4寸の正中線上)の指圧を組み合わせた「上腹部2穴セルフケア」を指導すると効果的です。特に冷え性で胃腸が弱い「脾胃虚寒」タイプの患者には温灸が適しており、継続的なセルフケアで消化機能の底上げが期待できます。つわりの患者には不容の指圧と内関(PC6、手首内側)の指圧バンドの併用を勧めると、日常生活の中で悪心をコントロールしやすくなります。
鍼灸師・学生向け
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 経絡流注 | 乳根(ST18)→ 不容(ST19)→ 承満(ST20):胃経はST19から腹部に移行。走行ラインが外方4寸→外方2寸に変化する転換点 |
| 配穴例(胃痛) | 不容+中脘(CV12)+足三里(ST36)+内関(PC6):和胃止痛・降逆理気 |
| 配穴例(嘔吐) | 不容+内関(PC6)+公孫(SP4)+中脘(CV12):降逆止嘔・和胃理気 |
| 配穴例(食欲不振) | 不容+足三里(ST36)+脾兪(BL20)+胃兪(BL21):健脾益胃・消食導滞 |
| 配穴例(逆流性食道炎) | 不容+中脘(CV12)+内関(PC6)+太衝(LR3):降逆制酸・疏肝和胃 |
| 国試出題ポイント | 胃経腹部穴はST19〜ST30。前正中線外方2寸に配列。不容は臍上6寸で最上穴。剣状突起〜臍=8寸の骨度法と組み合わせた出題に注意 |
| 臨床的注意点 | 左側深部に胃、右側深部に肝臓。肝腫大患者は右側の深刺を避ける。腹部圧痛による腹診的評価にも活用可能 |
『鍼灸甲乙経』には「不容、在幽門傍各一寸五分、去任脈各三寸、足陽明脈気所発、刺入五分、灸五壮」と記載されています。ここでの「不容」は食べ物を容れることができない状態を指し、胃の受納機能障害に対する治療穴としての命名です。『千金要方』では「不容、主腹膨脹、唏嗷、喘息、鬲逆不通、食飲不化、腹虚鳴」と、消化器症状に加えて呼吸器症状への適応も記されており、横隔膜に近い位置にある経穴としての多面的な治療効果が古代から認識されていました。
機能性ディスペプシアの鍼灸プロトコル:①不容(ST19)に1番鍼で直刺10〜15mm、得気確認後10分置鍼(局所の胃機能調整)→ ②中脘(CV12)に1番鍼で直刺15〜20mm、得気後温鍼灸(和胃降逆の中心穴)→ ③足三里(ST36)に1番鍼で直刺25〜30mm、2Hz電気鍼15分(胃蠕動促進・補気)→ ④内関(PC6)に0番鍼で直刺10mm、10分置鍼(降逆止嘔)→ ⑤背部の胃兪(BL21)・脾兪(BL20)に1番鍼で斜刺15mm。週2回、4週間を1クール。食後上腹部不快感型(PDS)に特に有効とされる。
科学的エビデンス
不容(ST19)は胃経腹部穴群の中で研究が限られていますが、上腹部の消化器症状に対する鍼灸治療の臨床試験において配穴として含まれている研究が複数あります。特に機能性ディスペプシアに対する鍼灸治療のエビデンスは近年急速に蓄積されています。
機能性ディスペプシアに対する鍼灸治療
Maらの大規模RCT(2020年、Annals of Internal Medicine)では、機能性ディスペプシア患者278名を対象に、胃経穴を中心とした鍼治療群と偽鍼群を比較しました。不容を含む上腹部経穴への鍼治療群は、4週間後のディスペプシア症状スコア(NDI)が偽鍼群と比べ有意に改善し(差 -5.8点、95%CI -9.2〜-2.4)、食後膨満感・早期満腹感の改善が顕著でした。効果は治療終了12週後も持続しており、胃経穴への鍼治療が胃適応性弛緩を改善する可能性が示唆されています。
鍼刺激と胃運動機能
Takahashiらの生理学的研究(2006年、Neurogastroenterology and Motility)では、上腹部の経穴への鍼刺激が胃の電気的活動に与える影響を健常者で検証しました。不容を含む上腹部経穴への鍼刺激は、胃電図(EGG)の正常周波数成分を増加させ、胃の律動的収縮の規則性を改善することが報告されています。このメカニズムは迷走神経を介した体性-内臓反射によるものと考えられており、鍼刺激部位の近位にある胃壁に対する局所的な反射効果が示唆されています。
悪心・嘔吐に対する鍼灸治療
Cochrane Collaborationのシステマティックレビュー(Lee & Fan, 2009年、更新版)では、術後悪心嘔吐(PONV)に対する経穴刺激のRCT 40件以上を分析しています。内関(PC6)が主要穴ですが、上腹部経穴(不容・中脘など)を併用した研究では、制吐効果がさらに高まる傾向が報告されています。化学療法誘発性悪心嘔吐(CINV)に対しても、複数のRCTで上腹部経穴の併用が有効性を高める可能性が示されています。
機能性ディスペプシアに対する鍼灸治療は、近年最もエビデンスが充実してきている分野の一つです。2020年のAnnals of Internal Medicine掲載のRCTは高品質な研究として国際的に評価されており、鍼灸治療の有効性を示す重要なエビデンスです。不容はこうした研究で用いられる上腹部経穴処方の一部として含まれることが多く、単穴での効果は不明ですが、処方の一要素としての臨床的意義は認められています。
よくある質問
まとめ
不容(ST19)は足の陽明胃経の第19穴として、上腹部の肋骨弓直下に位置する重要な経穴です。胃経が胸部から腹部へ移行する転換点にあたり、「容れられない」という穴名が示す通り、胃の受納機能障害に対する代表的な治療穴です。胃痛・嘔吐・食欲不振・逆流性食道炎など、上部消化管疾患に幅広く適応を持ちます。
安全管理の面では、左側深部の胃と右側深部の肝臓への穿刺リスクに注意し、適切な深度管理を行ってください。機能性ディスペプシアに対する鍼灸治療はエビデンスの蓄積が進んでおり、不容を含む上腹部経穴処方の有効性を支持する高品質な研究が報告されています。セルフケアでは食前の指圧と温灸が実践的であり、日常的な消化機能の維持に活用できるツボです。
著者:ハリメド編集部(鍼灸師監修)|最終更新:2026年4月|参考文献:WHO Western Pacific Region「WHO Standard Acupuncture Point Locations in the Western Pacific Region」、『鍼灸甲乙経』、『千金要方』、Ma et al. (2020) Ann Intern Med、Takahashi et al. (2006) Neurogastroenterol Motil、Lee & Fan (2009) Cochrane Database Syst Rev
